世界を見る旅 その2

2016年12月17日 20:17 | トムの旅行日記


プロスポーツの世界を知る旅を終え、お次は一人で世界を見る旅に出かけました。

行き先は長崎!

今までは長崎は死ぬまでに行くことのない土地…

という認識でしたが…

今年の夏頃に、生徒さんが修学旅行で行ってきたという話を聞いてから心が少し動かされ、どうせ勉強しに九州に行くなら行ってみようかなと軽い気持ちでいましたが、こちらもワールドクラスの旅となりました。

そう思ったのはコレです!

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何かはわかりませんが、江戸時代に日本に入ってきた機械式の何か?たぶん時計系

こちらの物体があるのは長崎県の出島資料館です。

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江戸時代のイメージって、ちょんまげと、刀、忍者、ハラキリ切腹、着物を着て馬に乗る…という時代劇さながらのイメージしか持っていませんでしたが、この金属のからくり機械を見て衝撃を受けました。

当時生きていた勝海舟らがこれらのものを見ていたのであれば、外国との繋がりを持ちたいという気持ちは湧いてくるでしょう。世界に出ていきたいという気持ちも湧いてくるでしょう!

それは当然の流れだよなって思いました。だから外国語を学んだんだろうな〜。

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明治維新の始まりってこんな感じだったのかなって正直思いました。

歴史が動くときには、こういった技術革新的なものがあるんだな〜と、今更ながら思い知らされました。

もっともっと出島を見たかったのですが、長崎についてからすぐに軍艦島への上陸チケットを買ってしまったので、軍艦島高速船乗り場へ足早に移動。

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現在軍艦島は世界遺産にも登録されている場所です。私は歴史に関してかなりの不勉強(点数は取れても興味がない!)だったので、何も知らないで軍艦島に行きましたが、軍艦島っていうのは良質な石炭が取れたことで栄えた島だったんですね。八幡製鐵所で鉄を作るために多くの石炭を必要としたようです。

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そのために坑夫の家族なども移り住み、現在のような形が出来上がったようです(もう崩れていましが…)。人口密度東京都の9倍。学校も、商店もあり、一つの街を形成していたようです。手に入りづらい真水も海底からパイプラインを通してこの島に届けられたようですね。

しかも、この時代国民の数%しか持っていなかったテレビ、冷蔵庫などがほぼずべての家庭に完備されているなど、ありえないほどの豊かさがあった場所だったらしいです。

国家プロジェクトでやることの規模の大きさを肌で感じ取ることができました。

やがてエネルギー革命があって、石炭から石油にエネルギーシフトが起きたときに、この島の繁栄の光が消えたようです。時代ってこう流れるのですね〜。まさに今もこういった過渡期の中にあるのかなと感じているので、タイミングは良かったです。

それにしても逆光で見る軍艦島はまさしく軍艦そのものですね。

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長崎で最後に訪れたのが平和記念公園。

広島の平和記念公園は一度伺ったことがあり、原爆ドームという一つのシンボルが残っていますが、長崎にはそういった感じものもは見当たりませんでした。その代わりに多くの像やら石碑がいたるところにあるという、またひと味変わった場所ですね。

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見てて思ったことは、現代人は 【平和】 っていう言葉を日常会話であまり使って話していないし、平和っていう言葉を聞いても安易に持ちいいられているのかもな〜って思いましたね。もっともっと深いところで【平和のありがたさ】を感じていかないとな〜っていうことに気がつかされた感じです。

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北海道を離れるといたるところに歴史があり、その歴史が現在をかたち作っているんだなって思い知らされます。

こういう課外学習が、生徒さんになんらかの影響を与え、未来の創造に役立ってもらえればなって思います!

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